あなたは何か書きたいと思っていますか?
しかし、一体何のために書くのでしょう?
「書きたい!」という人は多いですが、「何のために書くのか?」と聞くと、答えられない人がほとんど。
でも書く理由を明確にしておかないと、せっかく書いた文章が読まれないなんてことになりかねません。
本記事では「なぜ人は文章を書くのか」用途と目的について考えていきましょう。
なぜ人は文章を書くのか?
そもそもなぜ、人は文章を書くのでしょうか?もちろん答えは人によって様々でしょう。
私は文章を書く用途は「記録」か「伝達」だと考えています。
もちろん思考を深める等アウトプットの一環など「書くこと自体が目的」という場合もあります。
今回「書くこと自体で完結する行為」は省きました。
あくまで「読んでもらうための文章」についての話になりますので、その点ご了承くださいね。
記録
後から読み返すために書くもの。書き残すことで、後世に伝える意味を持ちます。
歴史書、議事録、日記などが含まれるでしょう。
記録は必要な時に読み返すものなので、すぐ読むとは限りません。むしろかなり時間が経過してから読む方が多いでしょう。
そのため読み手はほとんど忘れているか、全く覚えていない可能性も。なんなら赤の他人など、全く事情を知らない人が読むこともあるでしょう。
つまり、記録は「読み手が全く知らない状態で読む」事態を想定して書かなければなりません。
自分用メモも「記録」
「でも書いた本人なら、何書いてあるか分かるでしょ」
中にはこう思う人もいるかもしれません。
確かに、書いた本人が理解できるなら、問題ないです。
ただ、本当に理解できるなら、ですが。
例えば、仕事用のメモはどうでしょうか。
読み返した時、ちゃんと業務手順を思い出せますか?
思い返せるならいいのです。
でもメモを見て処理できないなら、そのメモは記録としての役目を果たしていません。
そもそも「忘れるから」書き残しているのです。
記憶が消えないなら、書く必要すらありませんものね。
忘れた状態の自分が読んで理解できない文章は、記録としての意味をなさない。
つまり自分が忘れた状態で読んでも理解できるのが理想です。
伝達
自分の考えを、他人に伝えるために書きます。伝達には、手紙や記事など、多くの文章が含まれるでしょう。
基本的に、あなたの考えは、相手に伝わらない。
人は自分のことはよく分かっても、相手の脳内・心情は読めないからです。
あなたは誰かの気持ちが読めますか?
テレパシーが使えたら別ですが、勝手に自分の考えが誰かに理解されるなんてことは、起こりえないのです。
だから自らが発信しない限り、自分のことは誰にも伝わらない。
だからこそ、人は話したり、書いて伝える必要があるのです。
書くからには、相手に分かってもらえるように書きましょう。
あなたの文章が伝わらない原因
伝わらない主な原因は、自分本位に発信するから。
自分の理解レベルをベースにして書くと、どうしても説明や言葉が足りなくなります。
分かりにくい文章は、読まれません。
読んでも意味がわからないからです。
そもそも相手は、あなたの文章を読む必要があるのでしょうか?
読みたくない上に分かりにくい文章だったら、誰も読みませんよね。
あなたの文章より魅力的な文章は、世の中にたくさんあります。
好き好んで駄文に付き合うほど、現代人は暇じゃありません。
特に読み手が不特定多数の場合、読みやすさは殊更に重要です。
ネット記事で分かりにくいようなら、検索して他の記事を読みますよね。
あなたの文章は、誰が読むか分かりません。そんな「誰かが読んでも分かる」ように、文章を書いてくださいね。
読者の目は厳しい
「記録」と「伝達」、両者に共通しているのは、何も知らない相手が読んでも分かるということです。
よくよく考えたら、こんなこと当たり前ですよね。
でも、そんな当たり前のことなのに、書き手になった途端、なぜか忘れてしまう。
そして書き手は読者を見下してしまうのです。
「これぐらい分かるだろう」
「これで分からないなんて有り得ない」
このように思っていませんか?
書いた本人は、誰が読んでも分かるように書いてるつもりです。でも読者にとって分かるかは、別問題。
読者の目は、恐ろしいほどに鋭い。誤字脱字から内容の矛盾まで、敏感すぎるセンサーですぐさま発見します。
そして「こんなミスを犯すなんて、ダメな書き手だな」と鼻で笑うでしょう。
読者は、読むものを選ぶ権利がある。読む価値がないと思えば、読まなくていいのです。
読むことは、能動的な行為ですよね。勝手に入ってくる映像・音声と違い、自らが欲して行います。
「読む価値がない」と思われたら、あなたの文章など読まないのです。
何も「読者に迎合しろ」というつもりはありません。内容は、あくまで書きたいことを書く。その上で、読んだ人がわかるように書いてほしいのです。読んでほしいなら、読まれるための工夫が必要というわけですね。
文章は人を動かすのが目的
一般的には、文章は人を動かすのが目的と言われています。
- 青汁の広告なら、買ってもらうため(そのために無料サンプルを試してもらう)
- イベントの告知なら、イベントに来てもらうため(そのために興味を持ってもらう)
このように、何らかの目的があるはずです。
狙った行動をしてもらうために、言葉を重ねているのです。
言葉には、人を動かす大きな力があります。
例えば「小説を読んで宇宙飛行士を目指した」というような話を聞きますよね。
これも立派な文章の影響。心が動いたことで、人生が変わったのです。
もちろん、文章だけで人を動かすことは、非常に難しい。
文章だけで動かせるなら、セールスや集客に困らないでしょう。だからこそ先人たちは研究し、型などを作り上げたのです。
皆さんの文章はいかがでしょうか?
あなたの文章を読んで、読者はどんなことがしたくなるでしょうか?
「何もない」というのなら、その文章は、人の心を打たないでしょう。
心が動くから、人は行動するのです。
心が動かないと「読んでよかった」とは思われないと思いませんか?
「自分の文章は、読者にとってどんな意味があるだろう?」
「この文章は、読者にどんな行動を促すだろう?」
そういう意識を持って、文章を書いてください。
すると、書くべき内容が変わるでしょう。
もし「もらったアンパンが美味しい」みたいな日常エッセイを書いたとしましょう。
今日はアンパンデー
近所のパン屋に行ったら、アンパンがもらえた。今日はサービスデーらしい。
あんまりアンコ好きじゃないけど、もらったからオヤツに食べた。
あんまり甘くなくて食べやすい。これならまた食べてもいいなって思った。
また来週行ってみよう。
これって読みたいですかね?
でも「アンパンの美味しさを伝える」「みんなに食べてほしい」という想いのもと書いたら、どうなるでしょう?
【サービスデー】無料アンパンがスゴイ!
○○市にある自家製パン「かけない」では、毎週月曜日に主力商品であるアンパンを1個無料サービスしている。早速来店。1000円以上購入した人は全員もらえるので、早朝並ぶ必要もない。
粒あんギッシリで、重厚な重み。しかしあっさりとした甘みで、ペロリと完食できた。紅茶と一緒に食べたけど、相性が最高すぎる。
これを無料で配るなんて、すごいお店だ……。月曜日には無料でもらえるが、これは早速明日も出かけて、自腹で買いたい。そんな病みつきになる味だ。
- 購入場所
- 価格
- 味(甘みが強いか、お茶に合うか等)
- こしあん・粒あん
- 重さ(食べ応えがある等)
等など、食レポに生まれ変わるでしょう。そうしたら、読者もこのアンパンに興味を持ちますよね。
ただダラダラ「アンパン美味しい」「また食べたい」だと、読者にとって他人ごとですよね。「あなたがアンパンを食べている」しか情報が入ってきません。
でも食レポにすることで興味を持つし、翌日買いに行くかもしれない。
あなたの文章に、影響を受けたということです。
せっかく書くのだから、ぜひ目的を持って書いてみてください。
99%の人が興味ないとしても、1%の誰かがあなたの文章を必要としているかもしれませんよ。
まとめ
文章を書く上で、「記録」か「伝達」か自覚することは非常に重要です。
用途を明確にしなければ、読み手にとって分かりづらい文章になります。
「何も知らない人が読んでわかること」を意識して書きましょう。
また、「読者が読んだ後にどのような行動をとるか」を考えることで、書くべき内容が変わってきます。
用途とともに、最初に考えておきましょう。
100%通じる文章はありませんが、読み手への配慮がない文章は、読んでいて分かるものです。
伝わる文章に、文章力は要りません。
どんな言葉を使うか以上に、「どうやったら伝わるか」を意識して、文章を書いてくださいね。