先日、江戸川乱歩の「化人幻戯(けにんげんぎ)」を読みました。非常に面白い作品で、読了後は大満足。ただ、タイトルの意味がどうしてもわかりませんでした。
本記事では「化人幻戯」の意味と、そのタイトルになった理由を考察します。
本記事は上部はネタバレなし、下部ほどネタバレを含みます。区切り部分に注意文を挿入しますので、ご自身のニーズに合わせてお読みください。
化人幻戯の意味
化人幻戯(けにんげんぎ)とは、化生の者の奇幻術という意味です。
以下の書籍の294ページ、乱歩の手書き原稿にはっきりと意味が書かれています。
ただし一部が読めず「化生の者の〇〇術」としかわかりません。作中に幻戯の説明があるので、補って考えるとこのような意味になります。
一部は私の予想ですが、大きく意味は変わらないでしょう。
ここから先は多少のネタバレを含みます。少しでもネタバレNGな方は、ひとまず上記説明で我慢してください。
参考情報 化人幻戯って青空文庫にないんですね。読みたい方は有料版を買いましょう。
しかし気になるのは「化生の者」と「奇幻術」ですよね。まずは辞書から本来の意味を知り、次に私の考察へと入っていきます。
内容の都合上、幻戯→化人の順に説明します。
幻戯とは
幻戯とは、奇術、幻など。一言でいえば手品です。
同作中で、明智探偵が「幻戯」について、以下のように語っています。
僕は今「幻戯」というシナの言葉を思い出した。あなたは幻戯を編み出したのだ。あなたは世にも優れた幻術師なのだ。
「化人幻戯」271ページより
内容的にはトリックや手品というより、まるで幻影を見せられたような雰囲気に近いでしょうか。
幻戯については、それほど疑問に思わないかと思います。むしろ重要なのは「化人」です。
化人とは
goo辞書では、以下のように書かれています。
1 仏・菩薩 (ぼさつ) が衆生 (しゅじょう) を救うために仮に人の姿になったもの。化身 (けしん) 。
2 鬼神・畜生などが人に化けたもの。化け物。〈日葡〉
乱歩は「化生の者」と説明していますが「〇〇が化けた者」という感じですね。
ここまでを総括すると、化人幻戯とは「人ならざる者が人として現れて、幻影を見せる」という意味になります。
ここからはネタバレと私の考察を含みます。未読の方は、読了後に以下を読んでください。犯人や小説家としての乱歩の技が知りたい方は、自己責任でお読みください。
参考情報 青空文庫にある江戸川乱歩の作品は11個(Kindle情報)。全部読んでませんが、青銅の魔人は超面白いです。
では「何が」人に化けたのでしょうか。意味1と意味2では、真逆の意味になります。ここに、本作の面白さが潜んでいるのです。
化生の者は誰なのか
読んだ人ならわかる通り、犯人の由美子婦人のことです。
しかし由美子が巧妙な策を労し、夫の大河原氏が犯人だとミスリードさせています。ここに乱歩の素晴らしさがあります。
どういうことかというと、別の意味で大河原氏も「化生の者」に当てはまるからです。
畏敬を抱くべき存在:大河原氏
本作で大河原氏は「圧倒的に強い立場」として登場します。冒頭でやたら彼を称え、殿様らしい殿様と称するのは、そのためのお膳立てでしょう。「いかに大きくて、強い存在か」が随所でアピールされています。
畏敬される存在・弱い人間を大きな力で操っているという点では、神様に近いものを感じます。
化人の両面性を併せ持つ存在:由美子婦人
一方の由美子は、当初は仏・菩薩として現れます。武彦は女性に包まれたい願望があり、由美子は彼の願望を叶えています。
初見では「なぜ武彦の恋愛観について長々と書いているんだろう」と思うでしょう。物語上必要ですが、ここまで長く書かなくてもいいはずです。しかし彼の目を通して由美子を見ることで、より女神感が際立つのです。引き立て役として彼ほど優秀な存在はありません。
作中に出てくるカマキリの件。由美子のトラウマを引き出すキーとなりますが、武彦の「食べられたい雄としての性」を描くためにも重要なシーンとなります。
このようにして、武彦の想いを入れることで「包む存在」「彼の願いを叶える」「女神のような高潔さ」からも、由美子の神聖さを高めます。
しかし物語が進むほどに、由美子は生々しい本性を見せます。徐々に女神像が崩れて、 バケモノへと変化していくのです。冒頭は意味1であり、ラストには意味2になる。化人という言葉は、由美子を表すのにピッタリだといえます。
なぜ化人が最後なのか
ちなみに、本作の最終章のタイトルは「化人」。その前が「幻戯」です。トリックを明かしてから、彼女の本性に迫っています。それほどに本作では「化人」というのが大きな意味を持ち、すべてを説き明かすキーワードになるのです。
だから本記事でも、その順に則って解説させていただきました。
読む前に化人の意味を知ると、勘がいい人ならすぐに犯人を読めてしまいます。(まあ、あれほど出てくるので、疑う人は多いでしょうが)
しかし本作の面白さは、由美子の変貌ともいえるでしょう。些細なことが伏線となっているため、疑いながら読むよりは、あとから「アレが伏線か!」と気づいた方が面白く読めると思います。私も読後に色々なことに気づき、ジワリとした感情が込みあがってきました。
だから本記事では、化人の意味も「ネタばれ」として扱っているのです。
意味を知ると「化人幻戯」はより面白くなる
初見では何のことか理解できなかった化人幻戯。しかしタイトルの意味を考えるほどに、本作の面白さが深まってきました。隠れていた演出に気づいたりと、後から面白さがやってくる感じですね。
本当にタイトル通りの良作です。
由美子の本質自体は変化させず、全編を使って少しずつ由美子の印象操作をしているのが、乱歩の腕の素晴らしさだと私は思います。
読んだことがある方も、ぜひ意味を噛みしめながらもう一度読んでみてくださいね。